広布の大河に君ありて tori

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人間王者

「自分自身の可能性を信じ、決意と挑戦の連続に身を投じるのだ
大願が偉大な行動を生む 大願が偉大な自分を作る」
                    6月29日付 聖教新聞「光のことば/幸福の曲」より


 日曜の朝、5時過ぎに聖教新聞の取次所に行き、新聞の束を車に積んだ時、ふとこの詩が目に飛び込んできました。しばらく車の中でその詩を読んでいましたら、また新しいエネルギーが体に満ちてきました。「よし、今日も挑戦!」そう思いながら配達に出発。車中、私もこんな詩が出てきました。

「雨がふろうが 嵐がこよが
俺は仏とにっこり笑い
創価の王道、今日も行く」 (先生の詩とはえらい違いやなあ・・・)(笑)

 信心を真面目に実践し、広布の戦いに身を投じようとしますと、必ず三障四魔という障りが出てきます。体と心を悩ます種々の苦悩が出来し、信心をさえぎり、精進の道へ入ることを邪魔することになっています。そういう魔の働きが出た時、大聖人様は「賢者は喜び愚者は退く」(兵衛志殿御返事)ものだと仰せです。

 凡夫ですので、魔が来てそう喜んだりできませんが、それでも最後は「来るなら来い!」」と、腹のすわった心境になるものです。魔が騒いでも「出たか、かかってこい!」と思えるか、「また来た、恐いな・・・」とおろおろするか、まさに勝敗の分かれ目はこちらの心の一念で決まります。腹を決めて題目をあげぬいていけば、必ず賢者の生き方、勝者の振る舞いができるということを、私も何度も体験してきました。

 そういうことを何度か経験していきますと、だんだん度胸がついて、怖いものがなくなってくる・・・というのも最近よく感じます。それこそ先生の言われる「勝って勝って勝ちまくれ」状態になっていけるという心境です。悪いものが出れば出るほど、妙法の正義と功徳が証明できるのです。本当に題目の力は無敵ですね。

 この世で一番怖いものは?と聞かれたら、「池田先生の眼」と私は答えるかもしれません。本当に対面してじっと見据えられたら、きっとこちらのすべてを見通されるので一番怖いのではないかと思います。(笑)

 親戚に真言のお寺があったりする関係で、葬儀や法事などでそこの老僧と会うことがあります。老僧は私を見ると瞬間、目をそらすのが良くわかります。目と目の勝負ですから良くわかるのです。そりゃ日蓮vs空海、信濃町vs高野山ですから、向こうは勝てないことを生命で感じるのだと思います。(笑)



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                                    < 写真は我が家から見た満月です>


 池田先生が世界のトップと会われても一歩も引けを取らないどころか、みんな先生の魅力にとりつかれてしまいます。それだけ生命力と智慧が半端ないのだと思います。人間、すべては生命力の勝負です。太陽のごとき仏の生命力を湧現するしか私など勝つ見込みはありません。(笑)

 「人に会うのが怖い」 「病気が出たらどうしよう」 「題目があがっていない、また魔が出るんじゃないか?」と何でもかんでも怖いのは生命力が弱い証拠です。(実も私もかつては対人恐怖症、金欠恐怖症でした)

 信心で境涯革命していけば怖いものはなくなってくる・・・怖いということが全くないのが仏と言ってもいいのではと思います。まさに「人間王者」です。結局、死ぬことが怖くなくなる・・生死を超えると説かれます。

 御書には「いかなる処にて遊びたはふるとも・つつがあるべからず遊行して畏れ無きこと師子王の如くなるべし」(経王殿御返事)とあります。人間にとって恐れというのは、結構、不幸の原因になるものだと思います。その場しのぎで逃げても、やはりまたどこかで出てくる。結局、自分を人間革命して、恐れなき境涯になるほかはありません。題目で命を磨き、折伏で菩薩行を積めば、誰でもそうなれると説かれます。


 私にはすべてを打ち負かす妙法がある・・・そう思えば安心です。安心できるからうれしいし楽しい。ほしいものは全部御本尊様の中に入っている。「困った、南無妙法蓮華経」で全部解決していく・・・こんなありがたい信心はないと思います。

 実は私もここ2,3か月、首から背中に賭けて激しい痛みが出ていました。痛みはつらいですけど、ありがたくて仕方がない・・・これで謗法の罪とも一つさよならです。ちょうど御書には「頭と目と背中の痛み」(太田殿御返事)と謗法の報いを説かれているところがありました。

 信心しない人は罪障消滅も宿命転換もない。だから悪いものが出てもまた残る。それで今ある福運が切れるまでの幸せです。不幸な人から順番に信心するので学会員は一歩、先を行っていると思えばいいのだと思います。

 御本尊を頼みにして信心に励めばどんどん生命力がついていきます。必ず不幸を変毒為薬する力が出てきます。以前、「押印和紙」というのを先生からいただきました。それには朱の陰文でくっきりと『人間王者』とありました。そうなっていきなさいとの励ましだと受け止めています。

 その「押印和紙」を毎日拝し、命に刻み、今日も自分らしく王者への道を邁進していきたいと思います。



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Comment

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魔が来たときに、ようこそなどと、流暢にのんびりは、していられない私です。
まだまだ仏道修行が半端なんだとわかっています。下半期で、しっかり結果を出すようにと、決意しました。
私は信心していない友人ばかりです。その人たちと仏法の話はしてないです。学会に入ってることも知ってるので、新聞選挙は応援してくれてます。この先私は信心で幸せになりたい!!でも友人に話すのはとても苦手です。私が目もくれずに信心の話ばかりすれば、友人が去って行きはしないかとか、考えてしまいます。もうほんとに、学会をしょってたってるくらいに、話すのか、いつもここにぶち当たります。
素直じゃないんですかね。
2014年07月05日(Sat) 01:51
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大願を起こし、持続する事は簡単でなありませんね。だからこそ信心強くと思っても戦いのリズムを壊し、惰性の信心から這い上がるのは簡単でないです。今、もがいています。パイロットは離陸するときが一番緊張するそうです゜安定飛行までの辛抱と自分に言い聞かせています。い
2014年07月05日(Sat) 13:35
Re: タイトルなし
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うるとらまんさん 私も苦しんでもがきました。10年間、自行化他に励んでもまったく開かない・・でも今になると仏様は私が思っていた以上のものを、私に与えてくださいました。耐え忍んでようやく離陸したかもしれません。これからが使命を果たしていく時だと思っています。泣いてもがいて苦しんで、自分と格闘しないと、この信心はつかめないのかもしれませんね。戸田先生も池田先生に「人間革命」でそう言われていました。苦しい時こそ根を張るときと心得て、共に前進したいものです。私もまだまだこれからです。
2014年07月05日(Sat) 14:23
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こんにちは。
自宅からの写真素晴らしく綺麗ですね☆
戴いても良いでしょうか?

何があっても前へ進むことを今回の折伏で学びました。
堕ちそうな心を上げるには祈り行動に移すこと。
信心の事で悩んでる自体が幸せな事ですね。

私は夜道が恐いです。
私も人間王者になります。
2014年07月06日(Sun) 13:48
Re: タイトルなし
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桜花様 何があってももう後にはひけない信心です。(笑)苦楽ともに強い心で前進しましょう。腹を決めて悔いのないように戦ってください。そして最後に笑いましょう。まだ先が長いですけどネ。写真はどうぞ。(画質はweb用に落としています。)

2014年07月06日(Sun) 16:37
Re: Re: タイトルなし
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糸吉さんへ みんな一歩づつです。去年より今年、今年より来年と少しでも信心が強く成長すればいいではないですか?木も人もいっぺんには成長できません。自分を責めないで、信心できることを感謝できるように前向きに生きましょう!自分の信心が駄目だ、足りないなんて思ってはよくないですよ。私から見ても糸吉さんは頑張っておられますし。30分のお題目や少しの活動では足りないと思うか、ありがたいと思うか・・そういう違いも大事です。病気になっても絶対に治る薬を持っていれば安心できるでしょう?妙法はすべての病の良薬ですので、それを持っているのですから絶対、大丈夫なんですよ。そのことを信じていきたいですね。必ず守られますので安心して歩んでいってください。
2014年07月09日(Wed) 06:28












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