広布の大河に君ありて tori

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実践第一を信条に

あの美しい 満天の星の如く
勇気に溢れ 希望に溢れ
勝利に溢れゆく
栄光にふさわしき
人間王者の威厳に満ち満ちて常楽我浄の王宮の扉を開き
笑みを湛えながら
わが人生の流転を進みゆくのだ。   (9月21日付聖教新聞)


 日曜の朝、先生の詩を拝しながら、聖教新聞の配達につきました。
車中、入会して何を考え信心してきたか、ふと考えたら、やはり自分の幸せだけかもしれないなと思いました。この信心をすれば幸福になる・・・それを信じて入会したものの、20年ほどはどちらかというと、思うようにいかない生活だったように思います。その間、大きな功徳はあまり感じられなかった。それが今、何か自分自身が大きく変わりつつあるように思えます。それも日々、変わっていくような、確かな手ごたえを感じることができるのです。

 特にここ1,2年のことですが、池田先生との師弟の道こそが、絶対に正しい軌道であることを、自分の体で確信をもつことができました。体でつかんだものは理論では覆えされることはない・・・これもまた人の世の真理ではないかと思います。




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 私は、理論派とは縁のない、どちらかというと修利槃特の一派です。(笑)また信心を長年やっても、聖教新聞の体験談のような目に見える功徳もつかめずに来ました。きっと自分だけ、功徳の出ない衆生かと(笑)本気で思ったこともあります。それでも折伏や脱講にいって「素晴らしい信心なんだよ!」なんて無理して強がっていました。

 そんな私も「理の信心」では駄目だということは知っていましたので、実践するしかない、御本尊様に通じるまで、できることは何でもやろうと決意しました。信心20年目のせっぱつまっての最後の決意でした。(笑)
 「変わらない信心を何年やっても駄目だ、自分を変えたい・・・ほんとうに変われるなら実践するしかない・・・」そういう心境になったのです。

 志願して朝、5時起きで一時間の聖教配達、一時間のお題目から始めました。今年で9年目になります。地区部長、支部、本部の役職を引き受け、我が家に10台ほど入れる駐車場を作り、床を補強して大型の仏壇を購入、拠点会場に提供しました。(実はその時も本当にお金がなかったのが何とか回っていきました。)王城会、会館まわりの草刈りなどできることは何でもやりました。もちろん折伏も好きで歩きました・・そういう実践が、いつしか陰徳となって私の体内を変革させていったんだろうと感じます。

 特に信心30年目ぐらいからはその冥益を強く実感できるようになりました。冥益の譬え話に、「一升瓶におちょこでお酒をいっぱいずつ入れていく。何日たってもさほど変わらない。だけどあきらめず毎日入れ続けていくと、ある日を境に一升瓶からお酒があふれ出す。冥益もそうなんだよ。」と先輩から聞いたことがあります。まさにその通りです。相手の色ばかりだったオセロゲームのコマが日々、私の色に裏返っていくような、そんな楽しい信心が生命に展開し始めたのです。

 昨日の休日も朝から法華講員宅の訪問、同志宅の訪問と走りました。法華講員との対話はなかなか辛辣な対話となります。昨日はなかなかのオバチャンで険悪な毒針が容赦なく飛んできました。(笑)

 同志宅も4件ほど訪問しました。一人のお宅は地区部長をしていた息子さんが、ネットにはまり、内部アンチとなって信心がおかしくなっていると事前に伺っていました。息子さんには会えなかったのですが、息子さんの奥さんは学会についてしっかりしているということで、なんとか、息子さんが学会に戻れるよう、みんなで力を合わせていこうと約束してきました。

 どこを訪問しても現実は厳しいものです。それでも笑って前進するしかない・・・創価学会員であることの喜びを噛みしめながら、また今日出会った人たちの幸せを祈りながら、帰路につきました。

 過日の聖教新聞、「創大讃歌」の中で次のようなエピソードが出ていました。「学生が決断力をつけるにはどうすれば?」と質問。先生は「私は答えない」「自分の力でやって苦労する中で、少しずつ力がついてくる。自分でやらなきゃできない。私は、答えようと思えば答えられる。しかし、それは観念なんだ。実践が、尊いんだ」と・・・

 学会は教授主義ではなく指導主義と言われる所以ですね。自分であたって苦労して掴む・・・倒れても痛い目にあっても、また信心で立ち上がる、その繰り返しこそが、若き苗もやがて堂々たる大樹へと育っていく、ただ一つの王道ではないかと思います。

 まさに実践の労苦こそがその人を創っていくのだと思います。「これからは人を救いゆく苦労をします」、「折伏行に精を出します」と、御本尊様に祈りながら、現実の地域で広布の金字塔を打ち立てる決意です。



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Comment

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こんにちは
私は三世なので、生まれて物心ついたころから、南無妙法連華経と
何かあると唱えていました。
お腹が痛い時も 何かあると 。
二十歳まえにして、学会活動を先輩に引っ張られてするようになりました。
会社で部署が変わるという噂を聞き、私は当時総務だったのを
営業三課に変わるように、必死で唱えました。
もう必死でした。そしたら 営業三課に変わることができました。
またその頃自分のことではない事で悩み苦しみました。その時も
時間を忘れお題目を唱えました。振り返ってみるといつのまにか
悩みは解決していました。後になって良い方向になってることを
実感しました。
自分で何かあったらお題目すればいいと思います。
それなのに出来ないことがたくさんあります。
しかし 自分の宿命転換はまだ途中です。なんとか宿命転換したいです。
自分の業を出し尽くしたいです。
また 広布の大河さんは功徳をしらなくても 活動をしっかりいたと
書いてありますね。私は功徳は充分わかっているのですが、外部の人に
伝えることが苦手です。丁度昨日も先輩に指導してもらい、新たにご本尊様の
前で決意新たにしました。
 私の一升瓶タンになる日はいつなんだろう!
2014年09月24日(Wed) 12:44
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王者の劍さん、地道な活動お疲れ様!                             王者の劍さんの決意に私も頑張ろうと思います。嬉しい事がありました。十年間幹部にお願いしていた会員さん同士の対話ができる会合が開けて軌道に乗り出したのです。             幹部に何度お願いしてもできなかった事が若い壮年との対話から実現しました。諦めないで良かったと思いました。同時に時を待つ忍耐も必要と思いました。本音を語り合いますので本音会と仮名しています。最初は末端の会員さんだけで地域の幹部は参加していませんでした。理由は幹部がいては本音が語れなかったからです。試行錯誤しながら語り合っています。               幹部批判と愚痴と思われる事をどんどん語り合いました。批判することなく正直な気持ちを語り合いしていきました。延べ五十時間ぐらい対話しました。                     今は、魅力的人間になりたい、折伏がしたいとなり、先日は、折伏の応援してきました。久しぶりの折伏に楽しくて仕方がありませんでした。                          これだ、これなんだと思いました。上から言われて、スケジュールにそった活動と、自発的に考え、納得できるまで対話し、折伏家庭訪問するのでは、歓喜、やる気が違い過ぎます。       毎週木曜日夜8時半から本音会します。明日は麻薬患者が入会し17世帯折伏した壮年の体験談とディスカッションします。友人呼びかけています。上から言われたわけでも、締め切り日があるわけでもないので、対話でいきたいと思います。
2014年09月24日(Wed) 13:09
Re: タイトルなし
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糸吉様

「私の一升瓶はいつになったら満タンになるのか?」
本当にそう思いながら私もやってきましたよ。今が満タンとはいいませんが
だいぶ近づいてきたかもしれません。糸吉さんもすごいですね。功徳いっぱい出てるじゃないですか?
煩悩と三毒の山が簡単に取れたらいうことありませんが、一生のうちにはいけます。(笑)
ファイト!

2014年09月24日(Wed) 14:27
Re: タイトルなし
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うるとらまんさん 
凄い体験をありがとうございます。うれしそうな顔が目に浮かびます。「本音会」ですか?それを認める幹部が本当の幹部ですね。こちらでは会員がまだまだ幹部に気を使っています。本末転倒なんですがね。それにしてもうるとらまんさんも境涯が開いてきたかも(笑)どの人も仏に見えてきませんか?偏見なくどこへでも飛び込んでいく人なつっこさは、折伏の最大の武器ですよ。動けば楽しい・・・同感です。私も動きに動くことを決意しています。いよいよ仏法対話を本式に戦う時が来たように思います。うるとらまんさんの大活躍楽しみにしています。
2014年09月24日(Wed) 14:34
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王者の剣さん、おはようございます(*´▽`*)配達、お疲れ様です✨このお写真のような素敵な風景をながめながらの配達されているのですね(●´ω`●)
2014年09月29日(Mon) 07:19
Re: タイトルなし
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ランさん おはよー!今日も元気でスタートしました。昨日は近くの山(1000m)に登山してきました。と言ってもかなり上まで車で行けますが(笑)秋の風と好天に恵まれリフレッシュ・・・頂上で食べたカップヌードルの味も格別でしたよ。写真はまさに配達途中、彼岸花が見ごろの時期。今の時期はいつもこのあたりで朝日を礼拝しています。御聖訓には「日蓮をこいしく・をはしせば常に出ずる日 ゆうべに・いづる月ををがませ給え、いつとなく日月にかげをうかぶ身なり」(国府尼御前御書)とあります。今からは夜明けが遅くなりますので、だんだんと朝日を拝することもできなくなります。配達は冬が試練です。
2014年09月29日(Mon) 09:21
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この季節の登山は、ほんとうに気持ちよさそうですね(*^▽^*)✨
リフレッシュできそう✨自然のパワーは雄大です(゚∀゚)

配達しながら、このような早朝の綺麗な景色を眺められて、福運はつくし、一石二鳥ですね。
全国の無冠の友にバンザイ\(^o^)/
2014年09月29日(Mon) 10:42
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配達 お疲れ様です
私は 10年を迎える頃 躁鬱で断念しました
その間 たくさんの方に 支えられました
感謝 感謝です
母も 姉も 配達員でした
姉は、去年30年を迎え、○○○副理事長と写真を撮っていただき 喜んでました
今は、娘夫婦と、同居の為引越し
配達は、卒業となりました
最後は 真面目に コツコツの人の 勝利ですね
空気のよさそうな地で、先生のお心を届ける配達
お体に気をつけて がんばってくださいね
2014年09月30日(Tue) 07:22
Re: タイトルなし
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ちよさん
ありがとうございます。私の地域には配達50年以上という方が二人おられ、聖教新聞社の方でも話題になっているということです。8年、9年はまだ駆け出しです。私の目標は20年です。それは先生が「人は20年見てみないと信用できるかわからない」と言われたことがあるからです。冥益を受ける人はまさに陰徳を積む人だと思います。それは永遠に持っていける、大功徳ですね。
2014年09月30日(Tue) 10:05
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50年?
ヒエー!
2014年09月30日(Tue) 11:54
Re: タイトルなし
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日刊になって今年で49年ということですので、その少し前からということでしょうか?関西でもほとんどいないということでした。でもまだその方70代でお元気です。もちろん現役です。田舎なので部数はわかりませんが・・・
僕らはまだまだお尻の青いリンゴのようなものですね。
2014年09月30日(Tue) 13:34












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