2017
03.26

「信は強く、信は楽し」

Category: 信心
  季節は廻り、ようやく春めいてきましたね。「冬は必ず春となる」・・・これが宇宙のリズムです。桜やレンギョウなどの花々も「いよいよ咲く時だ」と開花の時を待っている、そんな鼓動をこちらも感じて嬉しくなります。

 
 「信心はわかることより変わることだ」とよく言われます。仏法のことを頭で理解できたとしても、自分が変わらなければ何のための信心かわからない・・法華経の学者になるために信心しているのではなく、幸せになるために信心している。学者を目指すなら、疑ってかかっていいかもしれませんが、幸福を目指すなら、信じていくことが何よりです。その原点にいつも立ち返って、自分がどう変わったか、功徳を味わい、噛みしめていける日々でありたいですね。




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  御聖訓には「信は道の源、功徳の母と云へり」(P97)とあります。その信じるというところで道に迷う人も多いものです。それを疑わせ迷わせるために、さも正しげに理屈を述べたり、悪しき情報を流す人もいます。よくよく心しておかないと、「信弱き人」は引き込まれる・・・魔というのはそういう人を幸福の軌道から引きずり降ろそうと、隙(すき)あらば心に取り入ってきます。

 信じて実践していくことで自分が変わっていく・・・それが本当の「信解」だと思います。また自分がいい方向に変わっていくなら、「信は楽し」ですね。御本尊様を強く信じることが「常楽我浄」の人生を勝ち取る根本と確信します。

 学会に入った時も、30数年たった今も、私はただ「信」をもって御本尊様に向かっています。大宇宙と冥合したいと願い妙法を唱えます。私の「信」に「仏」が感応し、幸せを願うその一念にきっと「仏」も時を感じて、春のごとく目覚めていくのでしょう。そして昔のどこか苦しげで悩み深い顔の私が、柔和で笑みがこぼれる人となる・・・それが「変わる」ことであり、「変わった」自分の生命が、今までにない幸福を呼びよせるのだと思います。

 先日、外の同級生の友人と、短い時間でしたが話をしました。彼は大学時代に御本尊を受けながら、田舎に帰ってから世間体と親の反対で、信心を引っ込めました。世間的には教師で生活も地位も安定しています。片や私は親や周囲の反対を押し切って「親不孝者」と呼ばれて、地位も金もない中を喘ぎながら信心してきました。

 「○○君、、前に比べてええ顔になったな」と彼が私に言うので、「外に地位や名誉を求める生き方もあるけど、この信心は生命に幸福を築くんや。生きることがうれしくなってくる、そんな心の幸福が得られるんや。30年信心を貫いて、ようやくそういうところへ来た気がするよ。」といいました。彼はどこかで信心を捨てて生きた人生を後悔しているに違いない・・・私は対話しながら彼の表情にその思いを感じとりました。

 「信は強く、信は楽し」です。人がどう言おうと、学会員として信念を持って生きていくことで私は変わり、功徳をいただくことができました。これが私の真実です。学会員として日蓮大聖人の仏法を信じることができて本当に幸運だったと思います。

 今日よりはさらに後悔のない人生のために、強き信を持って使命の道を生き抜いていきます。




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2017
03.01

幸福のデパート

Category: 信心



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 先日、「信心していても苦しいです」という婦人部員さんと話をしました。その方はまじめな方で100万遍の題目にも挑戦されています。でも思うように晴れない・・・そんな悩みでした。

 それで私はその方に「御本尊様の中にはあなたのほしいものが全部ありますよ。お金も健康も一家和楽も、なんでもあるんですよ。まさに幸福のデパートです。どんな不幸をもっていっても、幸福へと転じてくださる「幸福製造機」とも言われます。だから御本尊様の前に座ったら、「ああ、ありがたい。これでもう私は大丈夫、助かった。」そういって喜んで安心して題目をあげるといいですよ。そして「これこれこんな悩みで苦しんでいます。どうかこの悩みを解決する智慧と力を出してください。よろしくお願いします。」そう拝めばいいのではありませんか?」と言いました。

 その方は「絶対の御本尊」を拝みながら、どこか疑いながら不安な心で拝んでおられたのです。それではせっかくの100万遍のお題目も苦行です。それで功徳が感じられなくて、また疑うということでは「不信の悪循環」というものではないでしょうか?

 どうせやるなら「祈りは叶うに決まっている。私の元気な題目が御本尊様に通じないわけがない。今日もよろしくお願いします。」とはつらつと勇んでやるほうが、仏様もきっと喜んでくださると思います。「白馬がパッパッと駆けていくように」お題目は確信をもって迷いなくあげたいものです。

 そういえば昔、先輩から「仏様の気持ちになって信心はやるもんだよ。」と言われたことがあります。「半信半疑の題目」をご供養するか、「信強き歓喜の題目」をご供養するか、聞かされる仏様の側に立てば、どちらが喜ばれるか簡単なことです。

 諸天善神は苦しんだり恨んだり、怒ったり・・そういう命には寄り付かないし、守護はしないものです。諸天善神は楽しくってうれしくって、歓喜と感謝の命に集まってくるのです。私はそう思います。

 「広宣流布のお手伝いをさせていただける、うれしいなあ!」「宿命転換させていただける、ありがたいなあ!」「その上、一生成仏もや約束してくださる、もうめっちゃ感激です。」と、どんなことも歓喜と感謝に変えて、御本尊を拝していく・・・その心に諸天も感応して信者のために一生懸命働くに違いありません。そうなるとまたうれしくって、歓喜の信心に一層、拍車がかかります。今度は「信の好循環」です。


 とはいえ・・・・たったそれだけのことに気が付くのに、私も10年20年かかりました。(笑)だから人のことは笑えない・・・病多き、疑い深い末法の衆生です。知恵も福運も枯れ尽きた愚かで寒い衆生です。それをすべて直してくださるのですから、「こりゃありがたい。ぜひ、あの人にもこの人にも教えてさしあげたい」となるではありませんか?

 そんなわけで、会う人ごとに自然と仏法対話になります。信心している歓喜をもっともっと爆発させて、仏法の素晴らしさを語っていこうと決意しています。




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2017
02.11

誇り高き「幸の城」

Category: 信心


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 昨夜は支部の唱題会があり、新入会の婦人が、紹介者の男子部員とともに参加して下さいました。支部長からも「入会前より、顔が明るくなりましたね」と言われ、30分の唱題を元気にあげられました。何かあるごとに私にも電話が入ります。入会前から築いた信頼関係を大事にして、「学会に入ってよかった」と言ってくださるように、これからも力になっていきたいと思います。

 この信心は実生活と離れてあるのではなく、「信心即生活」とあります。その指導は永遠に学会員の柱とするべきものだと思います。「信心は観念の遊戯ではない」との戸田先生の指導もありますね。信心は行動、実践によって、現実の自分を変革し、周りの環境をも変えていくことを目指します。たとえ相手や環境が悪くても、自分を変革することによって、解決していけるのですから、結局はすべて自分に因を求めるものだと思います。

 その体験をつかんだ人は強いですね。なぜなら何があろうと、自分の信心で解決できることを知るのですから、頼もしい限りではないですか?

 その意味で自身の変革を決意して挑戦の信心をしたいものです。どこまでも自分を変える・・・内道探求の信心です。「自分はこうなりたい」「こう変わるんだ」と決めて挑戦です。確かに決意した時に、すでにそうなっていることが、今では私も感じるようになりました。

 私など仏様が功徳を受けられるようにたくさんの悩みや業苦をつけてくださいました。幸福になるための燃料には事欠きません。(笑)それをありがたいと思うか、つらいと思うか・・・どうせなら「ありがたい、やってやるぜ!」と笑っていきたいものです。

 自分が生きる地区、地域が生活に根差した本当の「人間革命」の道場であり、そこを離れて仏法はない・・・それが「信心即生活」の基本だと思います。私自身は相手も見えない、自分も見せないネット空間を「信心修行の場」と考えたことはありません。一人の人間を信仰に立たせ、自分が「人間革命」していくということも、地域という生活の大地で戦って一つ一つ勝利したいと思います。

 「人柄はどうか?」「生活はどうか?」「信頼はできるのか?」鏡のように地域では自分が映し出され、実像が等身大でさらけ出されます。ええかっこいってもすぐにメッキがはがれるのが実につらいところですが(笑) 現実を直視してこの姿で勝負です。日ごろの振る舞い、人間性が常に問われ、それによって信頼も決まってきます。

 「組織が面白くない」という人の気持ちもよくわかります。私もかつては組織が大の苦手でした。しかし組織がなければ「世界広布」も「人間革命」もできないでしょう。そこに身を惜しげなく投じて戦えば、確かに学会の組織というのは素晴らしい「人間革命」の道場だと必ずわかります。

 現実社会で悩み苦しむ人々が集い、顔と膝を突き合わせ対話する・・・一軒一軒家庭訪問し、唱題会を持ち、座談会を開き、一所に集いあって信心を学んでいく・・・そんな小さな会合を毎日のように私もここ10数年続けてきました。それは鑿(ノミ)で岩盤を打つような地味な作業の繰り返しですが、その中に「人間革命」の真髄があることを確信します。

 学会の組織こそ「師弟不二」「異体同心」の二義が厳然と備わっているご本尊様直結の「修行場」です。 そうであるなら田舎のこの小さな地区こそが私の誇り高き「幸の城」であり、「人間革命の港」です。何よりも私はその場所を愛している・・・今は心からそう思えるようになりました。

 
 「春はもうそこまで」と言いながらまだまだドン冷えの冬ですね。しかし、私の心にはポカポカ温かな春風が吹いています。地区の人たちを愛し、励まし、ともに成長しながら、御本尊と池田先生への「信」の一字をもって今日も前進しています。




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2016
12.25

歓喜は功徳の母

Category: 信心



  いよいよ年の瀬も押し詰まってきました。今年は私にとっても非常にいい一年でありました。何より創価学会と共に広宣流布に生きる生命へと、一段と変革を遂げたことが大きな功徳だと思います。私にも「大願」に生きる生命がいよいよ顕現してきたと確信しています。そういう信念を日々、強め、深化させゆく一年となりました。

 その信念が生命に根付いた以上、それに生きぬきたいと思います。同志の方と共に、「創価の大道」をどこまでも生きていきたい・・・それが私の本性であり、それを悟ったことで私の生命も安心なものとなりました。

 実は私には全く逆の方向、すなわち組織を離れ、一人信心をやっていく、孤独な命がありました。入会当初から組織になじめない自分を知っていましたので、ある時、尊敬する先輩に相談しますと、「組織を離れるなら、折伏と題目をやり切らねばならない」と忠告を受けました。そしてその後に「池田先生についていきなさい。」とも言われました。

 その一言があったので今の自分があります。信じた人の言葉というのは、人生を左右するものです。私は長い年月をかけ、組織嫌いの自分と戦い、それをねじ伏せ、ついに勝つことができました。今、同志を愛し、創価を愛し、先生を慕い生きる身となったことは、私の大きな「人間革命」です。

 その自分の心に符号するが如く、今、地区を中心に弘教の息吹が高まり、同志と常に拠点に集い、広宣流布への決意の唱題を重ねています。来年は地区の全員で大折伏戦に挑戦したい・・・その思いを地区の皆さんにも伝えました。





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 私事ですが、今年の出来事として、家内が病を契機に今まで以上に信心に取り組んでくれるようになりました。夫婦で圏総会で体験発表もさせていただいたことで、我が家の信心に弾みがつきました。ひとまず病の方も癒え、仕事への復帰も早々に果し、一家そろって和楽の新年を迎えることができます。

 実は家内と一緒になる時、彼女は信心が好きではなく、「あなたの信心は認めるけど、私には信心を押し付けないで」との約束で結婚生活をスタートしました。

 私は熱心に信心に励んでいましたが、家内はどこ吹く風とばかりに全く無関心です。しかしその間、私は一度も「信心しろ」とは言いませんでした。仏法対話はしましたが、無理に信心させても家内のためにならないことを知っていたからです。一家和楽のために信心をして、その信心で夫婦喧嘩になっては、元も子もありません。

 義務や強制で信心させることほど、愚かなことはありません。「信仰の自由」というということもありますが、そんな信心では歓喜が湧かず、やがて行き詰ることは時間の問題です。家内の方から「信心したい」というまで私は辛抱強く祈りました。そしてその祈りが今年、実を結んだのです。おまけに娘までが家内と一緒に勤行を始めました。今、邪気のない清らかな題目の声が、我が家に聞こえています。

 学会活動から去っていく人の多くは歓喜や、感謝、希望をなくしてしまうからだと私は思っています。その原因は実に様々ですが、歓喜や感謝の念が薄れるにつれ義務や惰性になっていく・・・つまり「やらされている」という受け身の信心になるものです。

 信仰が義務や惰性となった時点から、同じ活動をしても結果はまるで違います。「嫌だな」の心でやれば「嫌だな」が返ってくる。「うれしい」の心でやれば「歓喜」が返ってきます。信心はその一念で180度結果が変わってしまのですから、まさに「心こそ大切なれ」です。

 「嫌だな」が返ってきますと、信心がますます億劫になり、それがひどいと「休眠」「退転」です。それで「創価が悪い」「組織がおかしい」と言うのは、私は間違っていると思います。

 歓喜と感謝の信心に幸福境涯が大きく開いていく・・それが妙法の軌道です。もし私に功徳があるとすれば、それは喜んで信心しているからです。それ以外、理屈も何もありません。同志と集い信心することが楽しく好きなのです。

 「さあ、唱題会だ。さあ、折伏だ。」と笑顔で喜んで行動するだけで生命は歓喜に包まれます。結果、「創価の信心はありがたい」と、そう実感できます。単純な話ですが、歓喜に歓喜が倍返しで返ってくるように、いい循環で幸福の軌道に載っていけるのです。

 「能動的信心」・・・それこそが信心の秘訣と言ってもいいかもしれません。誰が反対しようが、歓喜に燃えて、勇んで学会活動をやっていく・・・そういう心の人には自然と福運がついてくるものだと思います。

 今年ほど自分が創価学会員であることを嬉しく思った年はありません。この歓喜にさらに歓喜を重ね、転がるたびに大きくなる雪だるまのように、功徳を増していきたいと思います。

 同志の皆様、ともどもに晴れやかに前進してまいりましょう!

 一年間、私のブログにお付き合いいただきありがとうございました。
今年はこれで終わりといたします。

皆様、どうか良いお年をお迎えください。




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2016
12.02

「創価学会仏」の世界

Category: 信心


 12月に入り、今年も残すところ、後1ヶ月となりました。まだ一年を振り返るのは早いかもしれませんが、今年の反省もしつつ、そして明年に備え、心の準備もしていきたいと思います。

 世間では「一年の計は元旦にあり」ですが、年が明けて計を立てたのでは遅いですね。「来年の計は師走にあり」です。来年をどう生きるか、戦うか、今年以上に唱題と折伏戦に挑戦している自分を描きつつ・・・スタートダッシュをかけたいと思います。

 「過去は問わない」・・・栄光も挫折もいろんなことがあったとしても、すべては瞬時に彼方へと去ってしまいます。そして未来が止むことなくやってきては、また彼方へと去っていきます。去った過去をくよくよしたところで、幸福の因にはなりません。決意も新たに前進するのみ・・・それが本因妙であり、幸福への前進です。




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 今、わが地区には、男子部の活動家はいませんが、他地区の男子部との交流を私は大事に、楽しみにしています。私自身が27歳の入会と、男子部としては遅かったのですが、今、男子部に接しますと、当時の自分を見る思いで「まっすぐに大きく育ってほしい」と願わずにいられません。

 まさに「光陰矢のごとし」・・・青年はアッというまに壮年、婦人になるのです。老いるということは容赦のない現実ですが、せめて若き時を私のように愚かに過ごさないためにも、学会活動の素晴らしさを語り、青年を励ましていきたいと思います。

 学会では縁する同志を「自分以上の人材に」と言うのが合言葉です。それこそが菩薩行です。相手よりも自分が上にいたいのは修羅界です。その人の一念がどうなのか?人をだませても仏様はお見通しでしょう。それは再び自分に報いとして返ってきます。それ故に自他共の幸福に生きる生き方こそが、未来の幸福を作ることになります。弘教に励む学会活動には「師弟不二」「異体同心」「広宣流布」「人間革命」「世界平和」等々、すべてが包含されており、もっとも確かで理にかなったものだと思います。

 私もできれば来世は19歳ぐらいで、池田先生の元に早々に集って広宣流布に貢献したい・・・これは私の「来世予想図」です。もう放浪、堕落はこりごりですから・・・(笑) 必ずそうなれる信心ですので、来世に行くのも楽しみというものです。

 若木の如く、いつでも青年の心で生きていけるのが妙法です。「自分を高めていこう!」「まっすぐに伸びていこう!」「先生と共に生きていこう!」その心があればいつでも青年です。その一念に御本尊は感応し、その人の生命の隅々にまで、若いエネルギーが、蘇生の滋養がいきわたるのだと思います。


 今月12月号の大白蓮華巻頭言の先生の指導は、苦難と戦っている人への素晴らしい励ましです。特に須達長者のお話、北海道のご夫妻のお話等、私も命に刻む思いで読ませていただきました。

 私も一人の須達長者です。今は貧乏の方をやっていますが・・・(笑)
本当に法華経の比喩や説話はすべて我が身に当てはまるものだと思います。

>夫妻で吹雪に胸を張って「創価学会」と書いた信心のゼッケンは、一生涯、命から離さない!」と広布に走り続けた。
と北海道の夫妻のことを讃えておられます。

 我らもその心で進めばやがて仏界に至るのは大聖人様のお約束です。それを知るために、わざと苦難の人生を歩むのです。苦難のない信心は、「変毒為薬」の妙味のない、つまらないものだと言えます。

 最後に、開目抄の一節を引かれ、「自然に仏界にいたるべし」との実証を示せるのが、「創価学会仏」の世界だと結論されています。

 先生の指導に100万馬力の力を得て、吹雪に胸張る青年の心意気で、本年、最後の月を疾駆していきたいと思います。





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